横領を理由に解雇できますか?
問題社員対応について、
懲戒解雇の手順についても解説

「従業員に横領をされたらどうすべきか」──企業にとって考えたくない事態ですが、実際には裁判例や報道も少なくありません。
もっとも、横領が明るみに出るのは企業が自ら公表した場合や刑事事件に発展した場合に限られるため、報道されている事例は氷山の一角にすぎません。
横領は決して他人事ではなく、いつ自社で発生してもおかしくない重大なリスクといえます。
本記事では、横領が発生した際に企業が取るべき法的措置や、実務上の注意点について整理します。

1 横領の定義について

横領とは、自己の占有する他人の物を権利者を排除して他人の物を自己の所有物としてその経済的用法に従いこれを利用もしくは処分することをいいます。簡単に言えば、自分が管理・預かっている他人の金や物を自分の物にしてしまうことです。刑法には単純横領と業務上横領があり、業務上横領は10年以下の拘禁刑が定められています。従業員が企業の金・物を横領する場合は業務上横領に該当する場合が多いため、刑法に照らしても、従業員による横領は重大な違法行為といえます。

(横領) 第二百五十二条 自己の占有する他人の物を横領した者は、五年以下の拘禁刑に処する。
(業務上横領) 第二百五十三条 業務上自己の占有する他人の物を横領した者は、十年以下の拘禁刑に処する。

2 横領の際にすぐに
解雇することは危険?

横領は重大な違法行為であり、横領が発覚した場合、企業としてはすぐに懲戒解雇したいところでしょう。しかし、証拠不十分の場合や懲戒手続に不備があると、従業員に懲戒解雇無効の裁判を起こされて敗訴するリスクがあります。仮に懲戒解雇無効となると、従業員の復職を認めたうえ、懲戒解雇から復職までの期間の給与相当額や慰謝料等を支払わなければならなくなります。また、懲戒解雇の場合は退職金不支給とすることが多いでしょうが、懲戒解雇が有効と認められても、横領額によっては退職金不支給が違法とされるケースもあります。
確実な証拠に基づき、手順を踏んだうえで横領した従業員を解雇することが大事です。

3 横領をした従業員への
対応方法のポイント

横領の疑いを把握した場合、事実確認(証拠収集)と証拠隠滅の防止が重要です。
事案によりけりですが、次のような対応が考えられます。

  1. 横領が行われた日時・金額(被害品)・方法を整理する。
  2. 横領を裏付ける資料(虚偽の請求書、支払書類、振込伝票等)を確保する。
  3. 従業員の使用しているパソコンを確保する。
  4. 従業員に自宅待機を命じて証拠物に触れられないようにする。
  5. 従業員に事実確認を行い、内容を証拠化する(議事録や録音)。
  6. 従業員が横領を認めている場合、被害弁償を約束する誓約書や、横領の日時・金額を書いた上申書を提出させる。
  7. 従業員が横領を否定している場合、弁解内容を書いた弁明書を提出させたうえ、弁解内容を否定する証拠を収集する。

4 従業員が横領をした際の対処法

横領が発生した場合、⑴懲戒解雇、⑵退職金不支給の可否、⑶被害回復、⑷刑事告訴、が対処のポイントとなります。


(1)懲戒解雇

懲戒解雇をする際には単に懲戒解雇事由に該当するだけでなく、懲戒解雇するだけの合理性及び社会的相当性が必要ですが、横領の事実が認められる場合、特異な事情がない限り基本的に懲戒解雇の合理性及び社会的相当性は認められるでしょう。もっとも、従業員を懲戒解雇するには、就業規則に則り所定の手続を踏む必要があります。
また、従業員が退職を申入れてから2週間すれば、使用者の承諾がなくとも退職できるため、スピーディーに懲戒手続を進める必要があります。
懲戒手続のポイントは次のとおりです。

  1. 就業規則に横領が懲戒解雇事由として規定されている。
  2. 就業規則に懲戒処分の手続を定めた規定がある場合、遵守する。
  3. 従業員に対し懲戒処分を実施することと対象行為を通知する。
  4. 従業員に弁明の機会を付与する。
  5. 懲戒解雇の通知をする。
  6. 労働基準監督署長に解雇予告手当の除外認定を受ける。

(2)退職金不支給の可否

退職金制度を設けている企業の多くは、退職金規定に退職金不支給事由として「懲戒解雇」を設けています。ですから、横領した従業員を懲戒解雇した場合、退職金規定に照らせば退職金不支給となるでしょう。

しかし、退職金は“功労に報いる”意味合いと“給料の後払い”という性格を併せ持っています。そして、特に給料の後払いという性格があることや、一つの不祥事で長年の功労を無にするのは行き過ぎという視点から、懲戒解雇となった従業員が退職金支給を求める裁判を起こした場合、退職金の一部の支払を命じる判決となることがあります。

懲戒解雇に伴い退職金を不支給とするか、もしくは、一部支給とするかは、過去の裁判例を踏まえつつ、横領の悪質性の程度や社内秩序への影響、訴訟リスクを検討して決定する必要があります。

なお、退職金の不支給事由が「懲戒解雇になった場合」と規定されており、「懲戒解雇に相当する行為があった場合」と規定されていない場合、文言上、懲戒解雇前に退職されてしまうと退職金を支給せざるを得なくなるため、注意が必要です。


(3)被害回復

横領の事実が証拠から明らかな場合、損害賠償請求訴訟をすれば、横領をした従業員に賠償を命じる判決が出る可能性が高いでしょう。とはいえ、判決が出たからといって、判決とおりに支払いがされるわけではありません。まずは話合いにより任意に賠償してもらうことを目指しましょう。
被害回復のポイントは次のとおりです。

  1. 身元保証の確認
    横領による損害を賠償する責任があるのは原則として従業員だけです。例外的に、入社時に身元保証人を立てている場合、身元保証人にも賠償を求めることができます。横領が発生した場合、身元保証人を立てているか確認しましょう。
    なお、身元保証契約の期間は原則3年、最長5年であり、また、保証の上限額を定める必要があるので、身元保証人を立てる場合は注意しましょう。
  2. 従業員との話合い
    身元保証人を立てている場合、従業員と身元保証人と同時に話す方が効果的な場合が多いでしょう。従業員は自分が被害弁償しなければ身元保証人が被害弁償しないといけなくなりますので、身元保証人の前では被害弁償できないという話はしにくいでしょう。
    従業員の親族が被害弁償をする場合もあります。親族は当事者ではないので話合いへの同席を強制できませんが、従業員の承諾を得たうえで、親族に話合いへの参加を依頼するのもよいでしょう。
    話合いでは、被害弁償を促すために、被害弁償をした場合は刑事告訴しないという説得をすることになるでしょうが、脅迫として問題にならないよう、行き過ぎた言動には注意が必要です。
  3. 財産の確認
    一括で被害弁償できることが望ましいですが、従業員から分割でないと払えないと言われることもあるでしょう。その場合、従業員に預金通帳などの財産資料の提出を要求し、財産状況を確認しましょう。
    預金通帳は残高だけでなく、過去分の入出金も確認しましょう。例えば証券会社や保険会社との取引が見つかるなど、新たな財産の発見につながる可能性があるからです。
    確認する期間は少なくとも2年程度、横領が行われた期間が2年以上であればその期間は確認したほうがよいでしょう。
  4. 示談書の作成
    一括払いにせよ分割払いにせよ、被害弁償で合意した場合、示談書を作成します。主な内容は支払金額・条件、被害弁償を完了したら刑事告訴しないこと、分割払いの場合は一回でも履行を怠ったら一括払いをすること(期限の利益喪失条項)などです。
    なお、可能であれば、財産のある親族に連帯保証人になってもらうのがよいでしょう。

(4)刑事告訴

企業としては自社の不祥事を殊更公にしたくないことが多いでしょうが、従業員が横領の事実を否定したり、被害弁償を拒否する場合、刑事告訴を検討することとなります。
刑事告訴をした結果、少しでも軽い刑にするために、一部でも被害弁償される可能性があります。

5 従業員の横領に関する裁判例

横領の事実が証拠から認定できる場合、特異な事情がない限り、懲戒解雇そのものが無効となるのは手続に不備があった場合などに限られるでしょう。そのため、横領に関する裁判例で注目されるのは退職金の支給に関するものです。
特に注目されるのは、二審の高等裁判所が退職金全額不支給を取消したのに対し、上告審の最高裁判所が退職金全額不支給を認めた次の事案です。

最判令和7年4月17日
懲戒免職処分取消等請求事件

事案
政令指定都市の交通局のバス運転手だった男性が、運賃1,000円を着服したことなどを理由に受けた懲戒免職と退職金約1,200万円の全額不支給処分を取り消すよう求めた訴訟。

判断
運賃の着服行為は、公務の遂行中に職務上取り扱う公金を着服したという重大な非違行為であり、バスの運転手は、乗客から直接運賃を受領し得る立場にある上、通常1人で乗務することから、その職務の性質上運賃の適正な取扱いが強く要請され、本件着服行為は、交通局が経営する自動車運送事業の運営の適正を害するのみならず、同事業に対する信頼を大きく損なうものなどの理由で、退職金全部の支給制限は、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものということはできない。

6 横領について就業規則に
記載すべき項目とは

懲戒解雇は就業規則に基づいて行われますので、横領を懲戒解雇事由として規定しておくことが必須です。
また、退職金不支給もしくは一部支給とするため、懲戒解雇事由に該当する行為があった場合には退職金の全部または一部を不支給とする旨を定めておくとよいです。

7 弁護士による問題社員対応

企業で横領が起こった場合、法的知識と実務経験のある弁護士の関与なしに、企業だけで進行することは困難です。
弁護士に依頼した場合、次のようなサポートが受けられます。

  1. 事実調査
    証拠収集、事情聴取、証拠に基づき横領が認定できるか検討
  2. 懲戒手続
    手続規定の確認、手続進行のサポート、懲戒通知書等の作成
  3. 被害回復
    示談交渉、財産調査、示談書作成
  4. 刑事告訴
    告訴状の作成、告訴手続

まずは弁護士にご相談ください

「問題社員をすぐに辞めさせたい」は通用しない?

問題社員への対応は、職場秩序の維持と法的リスクの回避の両面から、慎重な検討が求められます。
本記事では、解雇の要件、手続き、判例を通じて、企業がとるべき適切な対応を解説します。

1 問題社員の解雇のハードルについて

企業内で問題行動を繰り返し、職場の秩序や他の社員に悪影響を及ぼす問題社員がいた場合、企業としては、その社員にすぐに辞めてもらいたいと考えるのが一般的です。

しかし、解雇は、客観的に合理的な理由があり、かつ社会通念上相当と認められなければ、権利濫用として無効とされてしまいます。もし解雇が無効と判断された場合、解雇時から復職時までの未払賃金(いわゆる「バックペイ」)の支払い義務が発生するなど、企業には多大な経済的負担が生じる可能性があります。

2 退職勧奨の検討について

問題社員を解雇した場合、本人が解雇の有効性に納得せず、争いに発展する可能性があります。万一、解雇が無効とされた場合には、前述のとおりバックペイなどの経済的負担が発生します。

そのため、問題社員に退職してもらいたいと考える際には、まずは自主的な退職を促す「退職勧奨」を検討するべきです。円満な合意退職を目指すことで、企業にとってもリスクを回避しやすくなります。ただし、退職勧奨の方法が社員の自由意思を侵害するような場合には、違法と判断されることもありますので注意が必要です。

3 問題社員を解雇するうえでの注意点

  • 就業規則や雇用契約書に定められた「解雇事由」に該当しているか確認する
  • 客観的に合理的な理由があるか、社会通念上相当と判断されるかを検討する
  • 解雇事由が重大かつ継続的で、改善の見込みがなく、他の手段がない場合に限り有効とされる
  • 懲戒解雇が妥当か不明な場合は、より軽い懲戒処分(戒告・減給など)も検討する

4 解雇の種類について

解雇は、企業が一方的に雇用契約を終了させる手続きですが、その種類には「普通解雇」と「懲戒解雇」があります。

  • 普通解雇:能力不足や協調性の欠如など、債務不履行を理由とした解雇
  • 懲戒解雇:重大な企業秩序違反に対する制裁としての解雇

懲戒解雇は、対象社員が被る不利益が大きいため、普通解雇よりも厳しく有効性が審査されます。
やむを得ず解雇する場合には、まずは普通解雇の検討が基本です。

5 解雇手続のポイント

  • 証拠の収集:メール、チャット、LINE、指導文書、録音データなどを確実に保存する
  • 弁明の機会の付与:対象社員に対して、具体的な行為を説明し意見を聞く
  • 解雇予告または予告手当:30日前の予告、または30日分以上の平均賃金を支払う

6 不当解雇と判断された事例

乙山商会事件
(大阪地裁平成25年6月21日)

石炭石油製品等の販売を目的とする会社に勤務する従業員が、会社に無断で業務関連情報 (取引に関する商品販売先の社名、担当者名、連絡先、交渉経過のメモ、受注数量、単価等の情報)を私物の記録媒体(ハードディスク)に保存をして、自宅に持ち帰りました。ハードディスクがなくなっていることに気付いた会社は、従業員が会社の機密情報が入ったハードディスクを自宅に持ち帰った行為が就業規則上の懲戒解雇事由に該当することを理由として、従業員を懲戒解雇しました。
判決では、ハードディスクに保存された情報が外部に流出したか否かは確認されておらず、ハードディスクの無断持ち帰りによって会社に何らかの具体的な損害が発生したと認められないことなどから、就業規則上の懲戒解雇事由に該当しないことを理由として、解雇が無効であると判断されました。


社会福祉法人蓬莱会事件
(東京高裁平成30年1月25日)

介護施設に勤務する介護職員が、すぐに否定的な意見を言い出し相手の話を聞かず話が前に進まない、引継ぎをする業務に困難が生じる、業務を正当な理由もなく一方的に断る、業務の追加・変更があるような場合に業務を拒否したり苦情を言い業務が円滑に稼働しないなどの問題行動を繰り返していました。
施設長は、職員を呼び出して指導をし、勤務態度を改めさせようとしましたが、職員は意に介しませんでした。そのため、施設長は、デイサービス部門への配置転換を打診しましたが(配置転換の勧告は業務命令として行われたものではありませんでした)、職員は配置転換に応じませんでした。そこで、最終的には解雇処分を下したという事例です。
高裁判決では、職員の問題行動を認定しつつも、職員を他の部署に配置転換したり他の上司の下で稼働させることを検討すべきであったにもかかわらず、施設長がデイサービス部門への配置転換を打診したにとどまり、これを超える解雇回避の措置を検討しなかったことなどを理由として、解雇が無効であると判断されました。

7 解雇が認められた事例

南淡漁業協同組合事件
(大阪高裁平成24年4月18日)

漁業協同組組合において信用業務(主に貯金業務)を担当していた職員が、職場で他の職員とほとんど言葉を交わさず、業務上必要な連絡もしないまま仕事を行うなど、必要なコミュニケーションをとらなくなりました。また、貯金名義人の承諾なしに貯金の振替をする、組合の指示に反して貯金払戻請求書を代筆する等の問題行動を独断で繰り返していました。
組合の代表者は職員に3回にわたって注意をしましたが、職員は勤務態度を改めようと全くしなかったため、勤務態度の改善が期待できないものと判断し、最終的には解雇処分を下したという事例です。
高裁判決では、職員の言動により様々な業務上の具体的な支障が生じており、代表者が3回にわたって注意をしたにもかかわらず職員が勤務態度を改めようと全くしなかったことなどを理由として、解雇が有効であると判断されました。


KDDI事件
(東京高裁平成30年11月8日)

従業員が、3年以上の期間にわたり、就業規則、賃金規定、社宅規程、単身赴任基準、国内旅費規程の要件に該当しないにもかかわらず、単身赴任手当等を受給したり、借上げ社宅に適正な賃料を負担しないで居住していました。
高裁判決では、従業員が積極的に虚偽の事実を申告して各種手当を不正に受給したり本来支払うべき債務の支払を不正に免れたりするなど、雇用関係を継続する前提となる信頼関係を回復困難なほどに毀損する背信行為を複数回にわたり行い、会社に400万円を超える損害を生じさせたこと、懲戒解雇がされるまで明確な謝罪や被害弁償を行うこともなかったことなどを理由として、解雇が有効であると判断されました。

8 弁護士によるサポート

問題社員への対応を怠れば、職場環境の悪化や企業の信用低下を招く恐れがあります。
一方で、対応を誤れば企業が法的責任を問われる可能性もあります。

弁護士法人たいようでは、企業の立場に立った問題社員対応を多数サポートしており、
退職勧奨から解雇手続まで、実務に即した対応策をご提案いたします。
問題社員対応にお困りの際は、ぜひご相談ください。