1 初めに
昨今、新型コロナウィルスの影響でテレワークが一般的になってきましたが、これに伴い、決済文書の押印や対外的な押印のために責任者はテレワークができず、わざわざ会社に出て来なければならない、ということが問題になっています。
また、第三者と押印手続きに関与した方なら郵送での書面やり取りに数日かかるご経験があると思います。急いでいる場合には相手方まで直接行くこともしばしばあるようです。
皆さんは契約書への押印というのは法的効果を生み出すために必須だと思われているかもしれませんが、果たしてそうでしょうか?
この新型コロナウィルスの影響で前述の支障が各地で発生していたため、法務省は令和2年6月19日「押印についてのQ&A」を発表しました。
- このQ&Aではまず契約書に押印をしなくても法律違反にならないのか、という問いに対して「私法上、契約は当事者の意思の合致により、成立するものであり、書面の作成及びその書面への押印は、特段の定めがある場合を除き、必要な要件とはされていない。」「特段の定めがある場合を除き、契約に当たり、押印をしなくても、契約の効力に影響は生じない。」としています。
2 押印の法的意義
では、契約書の成立に押印が必要ではないのであれば、押印はなんのためにするのでしょうか?
Q&Aでは、「民事裁判において、私文書が作成者の認識等を示したものとして証拠(書証)になるためには、その文書の作成者とされている人(作成名義人)が真実の作成者であると相手方が認めるか、そのことが立証されることが必要であり、これが認められる文書は、「真正に成立した」ものとして取り扱われる。民事裁判上、真正に成立した文書は、その中に作成名義人の認識等が示されているという意味での証拠力(これを「形式的証拠力」という。)が認められる。」「民訴法第 228 条第4項には、「私文書は、本人[中略]の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。」という規定がある。この規定により、契約書等の私文書の中に、本人の押印(本人の意思に基づく押印と解釈されている。)があれば、その私文書は、本人が作成したものであることが推定される。」としています。
- つまり、これは、裁判所は、ある人が自分の押印をした文書があれば、特に疑わしい事情がない限り、その人が契約書の合意をしたものの重要な証拠に使ってよいという意味です。そのため、契約の成立が裁判上争いとなった場合でも、本人による押印があれば、真正に成立した書面として認められ、これが契約成立の重要な証拠として証明の負担が軽減されることになります。要するに契約書に本人の押印があれば、契約における合意の成立に関して裁判など争いとなった場合に、とても重要な証拠となり、裁判に勝ちやすくなる、ということです。
よって結論としては、
①本人による押印が無くても合意があれば契約は成立する
②ただ押印のある契約書がなければ契約の合意が争われた場合に合意があったことの証明が大変、ということになります。
3 押印に代わる手段
ですから、押印を省略するためには、契約の合意があったといえるだけの証拠を常日頃から残しておけば、押印省略のデメリットを少なくしていくことはできるのです。そこで、さきほどのQ&Aでは押印の省略を進めるための証明手段を確保するためとして、次のとおり記載しております。
- ① 継続的な取引関係がある場合
取引先とのメールのメールアドレス・本文及び日時等、送受信記録の保存(請求書、納品書、検収書、領収書、確認書等は、このような方法の保存のみでも、文書の成立の真正が認められる重要な一事情になり得ると考えられる。) - ② 新規に取引関係に入る場合
契約締結前段階での本人確認情報(氏名・住所等及びその根拠資料としての運転免許証など)の記録・保存、本人確認情報の入手過程(郵送受付やメールでの PDF 送付)の記録・保存、文書や契約の成立過程(メールや SNS 上のやり取り)の保存 - ③ 電子署名や電子認証サービスの活用(利用時のログイン ID・日時や認証結果などを記録・保存できるサービスを含む。)
特に③の電子署名は、昨今電子署名サービスを提供する業者が増えてきましたのでご存じの方も多いかと思います。これは電子署名及び認証業務に関する法律によって、本人による一定の電子署名が行われているときに、真正に成立したものと推定されることとされており、まさしく押印に代わる証拠としての力を有するものといえます。①②では心もとない、という方は早急に導入されるべきでしょう。各業者のHPを見ていただければそれほど費用が掛かるものでは無いことがお分かりになると思います。また電子署名による契約は現時点では収入印紙が不要となっている、という思わぬメリットもあります。